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大阪地方裁判所 平成2年(行ウ)2号 判決 1991年12月18日

原告 小島重信

被告 茨木税務署長

代理人 杉浦三智夫 青山龍二 ほか二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和六二年七月六日付でなした原告の昭和五七年分所得税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は医業を営む者であるが、左記の内容を記載した昭和五七年分の所得税の確定申告書を法定申告期限までに申告した。

総所得金額

一億三一〇四万六四〇九円

内訳

事業所得の金額 一億三〇七五万八六四九円

不動産所得の金額    二八万七七六〇円

2  次いで、原告は、昭和五八年六月三〇日に、左記の内容を記載した修正申告書を提出した。

総所得金額

一億三九九〇万八二一三円

内訳

事業所得の金額 一億三九六二万〇四五三円

不動産所得の金額    二八万七七六〇円

3  原告は、昭和五八年一〇月一三日、所得税法違反けん疑事件として国税犯則取締法に基づき大阪国税局職員による査察調査を受け、昭和五七年分に係る帳簿書類等を押収された(以下「本件押収」という。)。

4  その後、原告は、昭和五九年二月六日に、左記の内容を記載した修正申告書(以下「本件修正申告書」という。)を提出した。

総所得金額

四億九五七一万七一五四円

内訳

事業所得の金額 四億九五三二万九三九四円

不動産所得の金額    三八万七七六〇円

5  原告は、昭和六二年四月三日付で、昭和五七年分において、所得税法七二条(雑損控除)に定める損失が発生したとして、国税通則法二三条二項三号及び国税通則法施行令六条一項三号に基づき左記の内容の更正請求(以下「本件更正請求」という。)をした。

雑損控除の額    六億二三四六万八五〇〇円

当該年度課税所得            〇円

還付される当該年度税額 四一〇三万七〇三九円

6  本件更正請求に当たり、原告は左記の理由を主張した。

(一) 原告は、大阪府において主として老人医療を業務として行う者であるが、昭和五二年ころから、事業の一環としてハワイ州カイルア・コナにおいて医療施設付の老人ホーム等に使用するコンドミニアムの建設を企画した。

原告は、ハワイ州に居住するシゲユキ・タチバナ(以下「タチバナ」という。)を共同事業者とし、土地買収と建物建設に着手し、原告自らこれに必要な資金の送金を行い、昭和五六年六月には右コンドミニアム一七六戸を建設し、内三〇戸は原告個人の所有に帰属する担保の付かない物件とされた(以下、この三〇戸を「本件コンドミニアム」という。)。

(二) 原告は、タチバナに対し、コンドミニアムの建設等に関する業務を委任し、その旨の委任状を交付していた。

(三) タチバナは、原告の委任状を冒用して、昭和五七年三月二六日、原告の所有不動産である本件コンドミニアムをタチバナの名義とした上、これを担保にギルモーゲージ社から二五三万米ドル(昭和五七年三月二六日当時の円換算では六億二三五一万三五〇〇円相当)を借り入れ、借入金を窃取あるいは自己の用途に費消して横領した。

タチバナに資力がないため、原告はタチバナの右行為のより二五三万米ドルの損害(以下「本件損害」という。)を被つた。

(四) したがつて、本件損害は、雑損控除の対象となる損失として、これに相当する金額を昭和五七年分の総所得金額から控除すべきである。

なお、雑損控除の計上時期は、損失発生のとき、すなわち、横領被害発生のとき、具体的には、タチバナが本件コンドミニアムを担保にギルモーゲージ社から二五三万米ドルを借り入れた昭和五七年三月二六日となる。

7  被告は、本件更正請求に対して、更正の請求が適法な時期に提出されなかつたことを理由として、昭和六二年七月六日付で、更正をすべき理由がない旨の通知(以下「原処分」という。)をした。

8(一)  原告は、昭和六二年九月一日に異議申立をしたところ、被告は、更正の請求が適法な時期に提出されなかつたことを理由として、昭和六二年一一月二〇日付で棄却の異議決定をした。

(二)  原告は、昭和六二年一二月一五日、更に審査請求をしたが、大阪国税不服審判長は、同じく更正の請求が適法な時期に提出されなかつたことを理由として、平成元年一〇月二七日付で審査請求を棄却する裁決をなし、同年一一月五日にこれが原告に送達された。

9  本件更正の請求には、左記のとおり、国税通則法二三条二項三号、国税通則法施行令六条一項三号の「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」が存在するから、更正の請求が適法な時期に提出されなかつたことを理由として、本件更正請求に対して、更正をすべき理由がない旨の通知をした原処分は違法である。

(一) 本件押収がなされたのは、昭和五七年分の更正請求のできる期間内である昭和五八年一〇月一三日であり、本件押収により、本件コンドミニアムに係るハワイへの送金資料をはじめとして、事業に関するすべての帳簿書類その他の記録が押収され、昭和六二年一月から三月にかけてその一部を返還されたにすぎない。

そのため、原告は、昭和五七年分に係る課税標準等及び税額等について正確な計算ができず、法定申告期限後一年以内に更正の請求ができなかつたものである。

具体的には以下のとおりである。

<1> 原告は、昭和五三年、タチバナと共同で不動産開発を目的とする法人「T&Kエンタプライズ インク」(以下「T&K」という。)をハワイ州に設立した。

T&Kの事業は、原告がその資金を拠出し、タチバナが事業を行うという形態を採つていたため、原告はコンドミニアムの建設・販売に自らは関与せず、タチバナその他の現地担当者からの業務報告、会計報告に依拠していた。

<2> T&Kからは定期的に会計報告がなされていたので、後記<3>の書類が押収されず、原告の手元にあれば、T&Kが、昭和五七年三月に実際に資金需要があつたか否かを知り得たし、当該借入金につき同月以降タチバナが費消していることを知ることができた。

タチバナは、二五三万米ドルの借入金の存在については、昭和五七年中に原告に知らせていたが、右借入金はT&Kの資金需要によるものとの説明をしていたのであり、右<3>の書類が押収されたことにより、右借入金が同年中にタチバナに費消されたことを知り得なかつたのである。

<3> 本件押収に係るT&K関係の連絡文書は次のとおりである。

自己のT&Kの送金額が同社の事業を継続する上で充分な金額であつたことを示す資料(甲三六号証の一ないし一〇)。

T&Kのコンドミニアム等の販売状況により必要資金を確保できていたことを示す資料(甲三六号証の一〇)。

T&Kへの投資額は、帳簿上タチバナ名義であるものを含め、実際にはそのほとんどが原告がなしたものであることを示す資料(甲三七号証の一、二)。

なお、甲三六号証の一ないし一〇は、当時T&Kの従業員であつた田所康市が原告に送付した業務報告の一部であり、コンドミニアム一七六戸の建設、販売に関する情報を原告に提出していたものである。

<証拠略>に記載されている一四〇戸は、いわゆる採算ベースの販売対象物件を示し、その余の三六ユニツトが担保を付さずT&K名義で留保され、原告の所有となるものとされていた(<証拠略>)。

甲三七号証の一は、昭和五六年九月末当時のT&Kの帳簿上の原告、タチバナからの借入明細であり、甲三七号証の二記載のAないしEの各金額は原告からの送金であり、必要資金のほとんどすべてが原告の拠出によることを示すものである(甲三七号証の一記載の計上金額約四〇〇万ドルの計上借入総額の九割を上回っていた。)

原告はこれに加えて少なくとも七〇万ドルの支出をT&Kになし、これについてタチバナも昭和五七年の時点で確認していた(<証拠略>)。

<4> 結局、本件押収にかかる<3>の各文書が原告の手元にあれば、原告は、自己の出資(貸付金)とコンドミニアム群のうち一四〇戸の販売代金をもつて、銀行借入を優に完済し、さらに三六戸分の担保のつかないコンドミニアムが残り、内三〇戸を自己のものにすることができることを知り得た。

(二) 原告は、タチバナから、昭和五七年に原告の所有不動産である本件コンドミニアムを担保に二五三万米ドルを借り入れたのは、事業に要する必要資金であり、事業を継続することに伴い返済されるものであると説明され、これを信じていた。

ところが、タチバナが別件の同種刑事事件で告訴され、その公判の進捗に従つて、原告はタチバナの行為に疑念を抱き、ハワイ州の弁護士にタチバナの借入金の使途について調査を依頼したところ、借り入れ当時には事業資金の需要がなかつたのみならず、当該借入金も事業資金として用いられず、タチバナが個人的使途に費消したことが判明したため、原告はハワイ州ホノルル警察署へ被害届を提出した。

結局、原告は、本件損害のあつたことを昭和六二年三月六日まで知り得なかつたものである。

(三) 本件更正請求の対象となつた本件修正申告書は、本件押収の後に、茨木税務署職員及び大阪国税局職員等のアドバイスに従つて忠実に提出したものであり、本件更正の請求の実質的理由を考慮することを禁じられたというに等しい。

10  よつて、原処分は違法であるから、その取消を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

(認否)

請求原因1ないし8の事実は認める。

請求原因9は否認ないし争う。

(主張)

1(一) 国税通則法施行令六条一項三号の「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」は、納税申告書の提出前に生じていることを要件とする。

本件押収は、納税申告書の提出後の昭和五八年一〇月一三日になされたものであるから、本件更正の請求は、国税通則法二三条二項三号、国税通則法施行令六条一項三号の要件を満たさない。

(二) 原告は、本件損害のあつたことを昭和六二年三月六日まで知り得なかつた旨主張しており、右主張のとおりであるならば、原告は、帳簿書類等の押収の有無にかかわらず、国税通則法二三条一項に定める更正の請求の期限(昭和五九年三月一五日)までに、本件損害による雑損控除を理由とする更正の請求をなし得なかつたことになる。

したがつて、本件押収により昭和五七年分に係る課税標準等及び税額等について正確な計算ができず、法定申告期限後一年以内に更正の請求ができなかつたとする原告の主張は、それ自体失当となる。

(三) 本件押収により押収された帳簿書類等は、閲覧の申出があれば、いつでも必要に応じて閲覧できる状態にあり、しかも原告及びその関係者は、実際に押収された帳簿書類等を閲覧していた。

したがつて、本件押収により昭和五七年分に係る課税標準等及び税額等について正確な計算ができず、法定申告期限後一年以内に更正の請求ができなかつたとはいえない。

(四) 仮にT&Kから原告に定期的になされていた会計報告・業務報告に関する書類(<証拠略>)が、本件押収により押収されていたとしても、原告は、右書類によつてはタチバナの費消の事実を知ることはできなかつたと認められるから、右書類の押収と課税標準等の計算不能との間に因果関係はない。

<証拠略>の各書類は昭和五四年三月二〇日から昭和五六年九月三〇日にかけて作成されたものであり、昭和五七年三月以降になされたタチバナの費消事実を知る手掛かりとなる記載がこれらにされていることはあり得ず、また右書類が原告の手元にあつた昭和五七年当時は、原告は、タチバナから、本件コンドミニアムを担保に二五三万米ドルを借り入れたのは、事業に要する必要資金であり、事業を継続することに伴い返済されるものであると説明されたのを信じたというのであるから、原告は右書類をもつてしてはタチバナの費消の事実を知り得なかつたことになる。

なお、原告は、本件更正の請求に当たつても、<証拠略>の各書類を証拠資料として提出しなかつた。

(五) 国税通則法二三条二項三号の更正の請求は、国税通則法施行令六条一項三号の「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」が消滅した日の翌日から二か月以内になし得るものである。

本件押収による帳簿書類等は、昭和六二年一月二二日までに原告に返還され、この日が「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」が消滅した日となる。

これに対し、原告は、昭和六二年一月二二日の翌日から二か月を経過した後である同年四月三日に本件更正の請求をした。

したがつて、本件更正の請求は不適法なものである。

2 仮に、本件更正請求の対象となつた修正申告書の提出に当たり、茨木税務署職員あるいは大阪国税局職員等のアドバイスがあつたとしても、右アドバイスに従つたことにより、帳簿書類その他の記録に基づいて、税額等を正確に計算することができなかつたとはいえず、右アドバイスに従つたことは、国税通則法施行令六条一項三号の「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」には該当しない。

第三証拠<略>

理由

一  請求原因1ないし8の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因9の事実について

原告は、原処分が違法な理由として、本件更正請求には、国税通則法二三条二項三号、国税通則法施行令六条一項三号の「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」が存在するにもかかわらず、更正の請求が適法な時期に提出されなかつたことを理由として、本件更正請求に対して、更正をすべき理由がない旨の通知をした点を挙げる。

ところで、更正の請求を規定した国税通則法二三条一項の趣旨は、納税者が法定の申告期限内に適正な納税申告をすることを期待しつつも、万一誤つて過大な申告をした場合には、一年の期限を限り、課税庁に対し、減額更正処分の発動を促す手段を認めることとして、納税者の権利救済を図つているものであり、また同条二項の趣旨は、納税申告書提出当時には予想できなかつたような後発的な減額事由が発生した場合には、右一項の一年経過後であつても、その減額事由が発生してから二か月内に限り、納税者からその是正を請求できる方法を認めたものである。

そして、国税通則法二三条二項三号は「その他当該国税の法定申告期限後に生じた前二号に類する政令で定めるやむを得ない理由があるとき。」は更正の請求をすることができるとし、これを受けて、同法施行令六条一項三号は右「やむを得ない理由があるとき」の一場合として、「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情により、課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき帳簿書類その他の記録に基づいて国税の課税標準等又は税額等を計算することができなかつた場合において、その後、当該事情が消滅したこと。」と規定しているのであるが、右施行令六条一項三号は、前記判示の国税通則法二三条二項の立法趣旨や同施行令同条の他の号に規定されている条文とも対比し、また、これが政令であり、したがつて、その解釈の幅にもおのずから限度があることをも考慮すれば、同号の「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」とは、法定申告期限内において、帳簿書類等の押収、又はこれに類するような事情、すなわち、少なくとも納税申告書を提出した者の責に帰すべきでない事情により、その手元に課税標準等や税額等の計算の根拠となるべき帳簿書類等が存在せず、そのため、右時点において、右計算ができない場合を指すものと解するのが相当である。

本件についてこれをみれば、本件更正の請求の対象となつている昭和五七年分の所得税の法定申告期限は昭和五八年三月一五日であるところ、本件押収は昭和五八年一〇月一三日になされたというのであるから、本件押収が国税通則法施行令六条一項三号の「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」に該当しないことは明らかであり、また法定申告期限内には、帳簿書類は押収されておらず、帳簿書類その他の記録に基づいて、税額等を正確に計算することが可能であつた以上、仮に、原告が、本件コンドミニアムを担保に二五三万米ドルを借り入れたのは、事業に要する必要資金であり、事業を継続することに伴い返済されるものであるとのタチバナの説明を信じたため、本件損害のあつたことを昭和六二年三月六日まで知り得なかつたとしても、さらには、本件更正請求の対象となつた本件修正申告書の提出に当たり、茨木税務署職員あるいは大阪国税局職員等のアドバイスがあつたとしても、これらの事情は、いずれも国税通則法施行令六条一項三号の「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」には該当しないというべきである。

三  結論

以上のとおり、原告の請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福富昌昭 小林元二 大藪和男)

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